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あおしま文庫

筆者が読んだり見たりした本、映画などについて論じる

記憶屋

 最初に取り上げるとしたら、書評を書くきっかけになったこの作品しかないだろう。

記憶屋 (角川ホラー文庫)

記憶屋 (角川ホラー文庫)

 

 読もうと思ったきっかけは、あらすじを読んで気になったことと、角川の営業の人に「売れてますよ」と勧められたからだった。角川出版社としても推したいタイトルなのか、去年の秋に出版されたタイトルだが、今年のカドフェス(角川文庫の夏のフェア)の中に入っている。おススメのポイントは「泣けるほど切ない、第22回ホラー小説大賞・読者賞受賞作」とあらすじに書いてある通り「泣ける」「切ない」なのだろう。帯に(カドフェスのものもそれ以前のものも)同じような点についての推薦文が書かれている。

 ストーリーは4章構成。タイトルにもなっている「記憶屋」というのは他人の記憶を消すことができる怪人。1章は主人公とその先輩の話。2章は余命幾ばくもない弁護士とその関係者。3章は家庭事情が複雑な男子高生とその幼馴染の女子高生。4章は主人公と記憶屋が中心に話が展開される。全体としては記憶屋について調べる主人公が話の中心ではあるが、2・3章は記憶屋に関する話というだけで、主人公はそれぞれの章ではほとんどかかわりがない。記憶屋を主題とする連作短編集と言ってもいいかもしれない。

 作品の主題は「忘れたい記憶」だ。上で紹介した登場人物たちの多くはそれぞれ忘れてしまいたいと思うほどの苦い、つらい経験がある。短編集として考えれば、それぞれの章の結末、特に2章などは感動的だと言える。しかし、4章の、つまり作品全体の結末も感動的だと言えるかは疑問だ。そのため、私はこの作品が感動的な結末である、という紹介文に納得できない。理由は、作品の核心に触れるため後で詳述することにするが、帯に書かれている「衝撃的で切ない結末にきっと涙こぼれる」というのは何か悪い冗談だと思えた。涙がこぼれる理由は期待が裏切られるからだろうか、と今では思う。

 文体については評価できる。読みやすく、わかりにくい表現もなく、作品の世界観に合わない表現が出てくることもない。改行が多くて中身がないような本ではないが、次々にページを繰っていける作品だ。

 角川ホラー文庫のレーベルから出ているので、ジャンルとしてはホラーになるのだろう。ホラーとしての成功度を何で測るかという点に正解はないと思うが、読者に恐怖を与えるという点では失敗だろう。これも理由は後で書くが、個人的な感想としては全く怖くなかった。むしろ、結末を読んだときに「ああ、ホラーの終わり方だな」と思う結末だったが、それがホラー文庫として出版された理由なのだろうか。

 最終評価としては、

  • ストーリーは導入、中盤は良いが結末がいまいち
  • 文体は良くミステリー要素もなかなか
  • ホラーとしては残念

A~Eの五段階評価ではB⁻になる。一言付け加えるならば、「帯の言葉を信じるな」だ。

 

 以下はネタバレを含むので、それでもかまわない方だけ読んでほしい。

  

 

 結末が感動的ではないという点とホラー要素について作品の内容を具体的に取り上げながら考察する。まずは、結末について確認しておく。

 4章では、それまでの調査から主人公が少しずつ記憶屋の正体に近づき、最終的には幼馴染みが自ら記憶屋であることを明かす。そして、主人公の記憶を消して話が終わる。幼馴染みは主人公に好意を寄せているのだが、主人公は幼馴染みのことを妹のように思っているために恋愛対象としてみることがない。記憶屋としての正体を知られないように、としつつ、主人公に好いてもらえるように何度も何度も主人公の記憶を消しているようだ。

 彼女の行為は報われない。報われないと分かっていても何かに一心に取り組む姿に対して切ない気持ちになることはある。弱き者や仲間を助けるために自らを犠牲にする場合や、お互いに好意を寄せているのに恋が許されない立場にある二人など、いろいろと例を挙げることはできるだろう。余談だが、最近、人気のアニメで放送期間が延長されることになった「Re:ゼロから始める異世界生活」の1話を見た。流行りのものはあまり見たくないものの、なかなか面白そうなので、そのうち原作を買おうと思うのだが、この作品における主人公は前者の例に当てはまると考えてよい。

 どうしようもない状況、報われない行為というものは「切なさ」にとってキーワードの一つと言っていいだろう。気になるのであればお手元の国語辞典を参照していただきたい。しかし、その状況、行為の動機については過度に利己的であってはいけないはずだ。大金持ちになろうと夢見て何度も何度も宝くじを買い続ける「宝くじ先輩」人間に対して憐れみを覚えることはあっても、切なくなることはない。結婚を約束していた彼に振られて落ち込んでいる女性がいても、結婚したい理由は彼が空軍のパイロット候補生で何もない田舎町から連れ出してくれそうだったからというのでは話にならない。「記憶屋」が1章に登場する先輩の記憶を消した理由には先輩が自分のトラウマを克服したいと頼まれたからということもあるが、「記憶屋」自身が、先輩が主人公に好意を寄せていることを快く思っていなかったからという側面があるのも間違いない。このために、先輩は主人公についての記憶のすべてが消されている。この行為が利己的でないと考えるためには、先輩は悪女でなければならないが、そんな描写はどこにもない。

 どこからが「過度」の利己的な行為かという線引きは難しいが、1~3章については自己犠牲的な場面が含まれているのに対して、4章については「記憶屋」の自己中心的な行為が目立ち、話の方向性が正反対だ。「切ない」作品にしたいのなら3章までの話の方向性を継続すべきだった。これはホラー作品として求める場合にも同様だが、説明は後述する。

 カドフェスの帯では「胸が締め付けられる」というような文が掲載されていたと思うが(カドフェス以前に購入したため、カドフェス版の帯は持っていないので、記憶を頼りにすることにご容赦頂きたい)、「切ない」、あるいはそれに似た感情を抱く可能性が他に三点あるので言及しておく。一つ目は、1~3章についての言及であった場合だが、1冊の本についての感想、しかもある程度連続性を持った物語についての感想ならば結末というのはその話の一番最後の部分、この本について言えば4章の結末について言及するのが普通であり、途中の章の結末だけを取り上げて宣伝文にするのは詐欺だ。二つ目は、「記憶屋」の立場について切ないと思うのではなく、彼女の思い、つまり好きな相手に好きになってもらえないという点について共感できると考える場合だ。その点については、私にも身につまされるような経験はあるし、私の父は「我思う人の我を思わざりし~」というような句が好きだった。古今東西どこにでもあるものだが、そのために彼女がした行為を正当化できるとは思えない。ある感情から行動を選択するまでにとる思考経路をも共有できないのであれば、共感はむしろ消えてしまう。最愛の人を亡くす悲しみは共感できるとしても、それを理由に銃の乱射事件を起こす認可を与える人間が世の多数派だろうか。三つ目は、切なさを感じるのは「記憶屋」の思いではなく、他人の記憶に残らないこと、忘れられてしまうことという場合だ。他人から忘れられてしまうということは、確かにつらいことだ。少なくとも愉快なことではない。しかし、これも先に書いた最終場面ではないことと、彼女の行為が正当化できないことから、「切ない結末」ではないと主張する。

 次にホラー要素の評価に移るが、実は私、ホラーものが好きではない。子供のころは「金田一少年の事件簿」に出てくる犯人が自分を襲いに来ると思って、漫画やドラマ、特に「上海魚人伝説殺人事件」の映画を見た後は恐怖で眠れなかった。かなりの怖がりである。しかし、今作は全くと言っていいほど恐怖を感じなかった。その理由は、「記憶屋」の匿名性が低いからだ。幼児ならともかく、それなりの年齢の相手に恐怖を与えようと思えば、自分の身にも危険が迫るかもしれないと思わせる必要がある。ひょっとしたらどこかに呪いのビデオがあるかもしれない、あるいは、「あなたの後ろにも、ほら……」と言われて振り返れば妖怪がいるかもしれない、そんなことを思うようになれば読者、視聴者に恐怖を刻み込むことができる。しかし、自分は関係ないと思わせては恐怖など与えられないだろう。

 そのように考えると、「記憶屋」というのは特定の人物であることがこの作品の結末で判明する。ここに登場する以外にも記憶屋はいるのかもしれないが、そう連想させるための記述などはほぼない。「記憶屋」の正体が判明してしまったために、あくまで創作上の登場人物という思いが消えない。それならば、記憶屋の正体を明かさずに、先ほど書いた他人から忘れられていくこと、これを恐怖として取り上げていくほうが、ホラー物としては良かったのではないかと思う。

 なお、私がホラー作品の結末だと思ったのは、ホラー作品は多くの場合恐怖の源がまだ存在するので事件は解決しきっていないというような形をとるだろう、つまり完全なグッドエンドではないだろうと思っているからであり、この作品も最終的に主人公は記憶を消されてしまい、「記憶屋」の思いも成就しておらずグッドエンドとはとても言えないからだ。

 

 肯定的でない評価を長々と書いてしまったが、その原因の多くは広告と作品内容の不一致にあり、作品自体が悪いというわけではない。同じことはほかの作品、いや、小説や書物に限らず、広告の存在するところではどこでもよくある話だ。ただし、ほんの少し期待してしまった分、がっかりしたということは否定できない。

 希望が持てる可能性として考えられるのが、1巻の後味が悪くても2巻以降は良いかもしれないということだ。最近読んだものの中で「血翼王亡命譚」のシリーズはそのパターンで、1巻の結末は、正直に言って酷いと思ったものだが、後味の悪い作品が記憶に留まるのも嫌なので立ち読みしてみた2巻は少し期待が持てそうだったので買ってみたところ、なかなか好感が持てる内容だった。「記憶屋」のシリーズも現在3巻まで発売されている。最後まで読めば、また違う印象を受けるのかもしれない。