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あおしま文庫

筆者が読んだり見たりした本、映画などについて論じる

あおしま文庫開設

雑記

 日記、というものと相性が悪い。

 毎日、書かなければならないというのが駄目なのだろう。一行書くだけのようなものでもやってみようと思ったが途中で投げ出してしまった人間だ。到底、続くとは思えない。

 それでも始めてみようと思った。何か、書いてみようと思ったのだ。

 2016年6月現在、私は書店にアルバイトで勤務している。担当は文庫。少し前まで一人ですべて担当していたが、後輩が入ったのでライトノベルはそちらに任せている。アルバイトの面接でも言ったが、小説が書きたい。売れるものを書こうという願望はさっぱりないので、職業としての作家になりたいとは思わないのだが、書いてみたいと思う事柄はそこそこある。しかし、いつか書き上げたいと思いながらも、書きかけの小説の続きは長いこと書いていない。特に上手く書こうとするとなかなか書けない。このままではいけない、何か新しいことをしようと考え、思いついたのが書評を書くことだった。

 仕事柄、文庫の新刊に付いている帯の宣伝文句やあらすじは目に入る。本が好きで本屋に入ったクチなので、そのうちの気になったいくつかは買ってしまう。宣伝、特に「泣ける本No.1!」などは全く信じないが、それでも、作品の大体の方向性についてはそういったものを頼りにイメージを膨らませて買ってみる。だが、読み終わった後に推薦文を読み直すと、「本当にコレ読んだの?」と問い直したくなるようなものばかりが並んでいる。出版社はとにかく世に出た本を買ってほしいもの、誇大広告が展開されるのは当然だろうが、それでもあまりに度が過ぎると、信用と信頼を失う。また、そういった広告ばかり展開されるのは(現在そういうものが増えているなとも思うが)、読者としても好ましくない。少し前に、映画「シェーン」のDVDの広告で、メーカーは男の物語であることを盛んに強調しているのに、コメントを求められていた山田洋次は、「主題はシェーンの人妻に対する慕情」などと書いてメーカーの戦略を台無しにしていた。それと同じように、売りたい側にとって都合のいい情報を並べるのではなく、作品を利益とは無関係な立場から評価するものが必要ではないかと思った。そういったものを発表することは出版社、作家、書店、読者、関係者のいずれにとっても不利益にしかならない現状を(少しは)変えるだろうとも思った。

 このブログには、私が読んだ本や漫画、見た映画やドラマなどについて「感じた」ことを「考えて」書き「論じる」ことにする。ただ、感想や不満だけを書くのではなく、その作品について、評価すべき点、不満な点を挙げ、なぜそのように言えるのかということを説明し、それをもとにさらに良い作品を作るためにはどうすればいいのか、気を付けるべき点を洗い出すことで、(一向に進まない)自分や、他の人の創作活動に資すれば、と思う。

 表題の「あおしま文庫」には長期間にわたって読まれるもの、読む価値があるものを書き残そうという思いを込めた。意外と、短期間で流通しなくなる本が多いというのは、本屋で働いて学んだことの一つだ。1年経てばもう用済み、というような文章ではなく、イメージでは岩波文庫のように、できるなら百年以上経過しても読まれるものを書きたい。

 読む本や見る映画などは正直に言えば、かなり偏っているだろう。しかし、読んでもいない本の書評を書くのは詐欺だ。下ネタから政治・哲学まで幅広く取り上げたいとは思うが、読者と好みが合わないことに関してはご容赦いただきたい。

 評価はA~Eの五段階を基本とするが、それぞれにプラスやマイナスをつけるだろうと思う。参考までにそれぞれの評価について評価基準を書いておくと、

  • A:おススメ。できるだけ読んでほしい。
  • B:少し満足できない部分もあるが読む価値がある。
  • C:読むべき点が(少しだけ)ある。
  • D:可もなく不可もなく。
  • E:時間の無駄。

ということにしてある。ただ、Eの評価を下すような作品については、たぶん書かない。読んでいる途中で投げ出すだろうし、他の作品について書いたほうが自分にとっても読者にとってもいいに違いない。

 だいぶ偉そうなことを書いてしまったが、大したことは書けないだろう。本を買うか読むときの参考にでもしてもらえれば幸いだ。

 

 

2016.6.29 青島清華